戦争はある日、突然やって来る――『ぼくたちは戦場で育った』刊行のお知らせ。

 

「ぼくたちは戦場で育った」より
「ぼくたちは戦場で育った」より

本日、ヤスミンコ・ハリロビッチ編著『ぼくたちは戦場で育った』が全国発売となりました。

これは今から20数年前に起きた「サラエボ包囲戦」のさなかに子ども時代を過ごした人々(つまり、今では30歳前後ですね)の、1000の記憶が詰まった本。

戦時下の子どもたちがどうやって暮らしていたのか、その1000通りの実体験が書かれた本でもあります。

かつて、サラエボが属していたユーゴスラビアという社会主義国家は「多民族共生の国」として世界のお手本とも言われていました。

カトリック、正教徒、そしてムスリムという、それぞれに違う文化伝統を持った人々がそれぞれのアイデンティティを尊重して、共存共栄していたのです。

そのユーゴスラビア社会に暗雲が漂うことになったのはソ連崩壊による冷戦の終結で、経済危機が起きたことが原因でした。

失業の増加、物資の高騰など生活苦が広まる中、ポピュリストの政治家たちはその経済問題を真正面から解決するのではなくて、「誰かのせい」にすることを選びました。

正教徒の多いセルビア地方選出の政治家たちは「わがセルビア民族はかつてトルコ帝国と闘った英雄的な民族だった。そのトルコ人の末裔であるムスリムたちなんかと一緒に暮らしたのが間違いだった」と言い出しましたし、カトリック教徒の多いクロアチアの政治家は「多数派のセルビア人たちに政治を牛耳られている現状を打破しないといけない」と言うようになりました。人々はそうした勇ましい演説に熱狂するようになりました。

いわゆるヘイト・スピーチの横行です。

とはいえ、ユーゴスラビアに住んでいる多くの人々はその一方で、宗教や歴史的背景の違う隣人たちと、昔ながらに仲良く暮らしていたのです。

そもそも宗教が違うといっても、話す言葉や文字はほとんど一緒でしたし、ユーゴスラビアの学校教育も「昔の争いはわざわざほじくり返さない」というのが方針だったのです。

http://www.shueisha-int.co.jp/archives/3507
「僕たちは戦場で育った」表紙イラスト

ユーゴスラビアの各地方が独立を宣言しだしたことは事態を急激に変えました。あちこちで軍事衝突も起きるようになります。

サラエボの人たちは事態の進展に楽観的でした。というのも、サラエボはユーゴの中でもとりわけ多民族共生がうまく行っている町という誇りがあったからです。

そんな期待を裏切るように、1992年春、サラエボはセルビア系の軍事勢力に突如として包囲されましたが、街の人々は「どうせこんな騒ぎもしばらくすれば沈静化するだろう」と思っていました。だって、サラエボにはセルビア系の人たちもたくさんいて、みんな仲良く暮らしていたからです。

サラエボの人たちはその期待が間違いであったことを知ります。朝が来るたびに街からはセルビア系の人々の姿が消えていきました。

彼らは住み慣れた町を捨て、サラエボ包囲軍のほうに身を投じ、かつての隣人を迫撃砲や狙撃銃で殺すことを選んだのです。

政治家がかき立てた憎悪に煽られて。

サラエボに残されたの苦難はそこから足かけ4年も続くことになりました。サラエボにはたくさんの市民が暮らしていました。

そこにはもちろんお年寄りもいれば、病人もいる。そして本書の書き手である小さな子どもたちもいました。

彼らはサラエボから逃げ出したくても逃げることはできません。ありの子一匹、這い出る隙間もないほど町は軍事勢力に囲まれていましたし、うかつに外を歩いていると遠くから狙撃されて殺されるかもしれません。だからみな息を潜めるようにアパートの地下室などで暮らしていたのです。

さて、そんな中で子どもたちはどんな具合に暮らしていたのでしょう。

そのことは本書のまえがきで角田光代さんがひじょうに端的に、そして簡潔に描かれています。

そのまえがきは弊社のHPで公開されている立ち読みPDFで読むことができますので、どうぞお読みください。

さあ、いよいよ『ぼくたちは戦場で育った』日本語版の発売です!(MKT)

「ぼくたちは戦場で育った」書影
「ぼくたちは戦場で育った」書影