寂聴さんの「青空法話」が行なわれる二戸市浄法寺町の天台寺は、東北で最も歴史の古いお寺(古刹〈こさつ〉、と言います)。
「西暦728年、聖武天皇の勅命で作られた」という伝承に従えば、743年創建の東大寺よりも古い!
また、岩手県にある天台宗のお寺としては、金色堂で有名な中尊寺もありますが、こちらは850年の創建ですから、やはり天台寺の古さはぶっちぎりなのであります。
さらに、この天台寺は行基上人が開山する前から「山岳信仰」の聖地として信仰の対象になっていたと考えられていますので、その起源はひょっとしたら有史以前にさかのぼれるのかもしれません。
実際、急勾配の参道を上るにしたがって、すがすがしい空気が胸一杯に広がって、地元の人が今でも「御山〈おんやま〉」と、うやまって呼ぶ気持ちがよく分かります。
さて、今回、私たちが取材にうかがった5月5日は、天台寺の春の例大祭が行なわれる日でもあります。
この例大祭では雅楽や御詠歌の奉納、そして一月遅れの「花祭り」(お釈迦様の誕生を祝う祭。一般的には4月8日)が行なわれます。


ですが、それにもまして重要なのは
「御輿渡御〈みこしとぎょ〉」
と呼ばれる儀式です。
この儀式は名前を見るだけでは、浅草のお祭りのように「みこし」を担いで、わっしょいわっしょいとやるように思いますが、実はまったく違う。
というのも、この「みこし」を担ぐ人たちの装束を見ても分かるように、

これは「祭り」というよりは「祀り」、つまり葬列を象徴しているのです。そして、この御輿は実は「ひつぎ」というわけです。

実際、この御輿渡御では誰もかけ声をかけるでもなく、無言でお寺のまわりを檀家衆がぐるぐると回るだけ。その先導をつとめるのが菅野現住職。
では、いったいここで弔われているのは誰なのでしょうか。
実は、この葬列は南北朝の争乱に敗れて、この天台寺に落ち延びたと伝えられている南朝方の長慶天皇(第98代、南朝第3代)の冥福を祈るもの、と言われています。

長慶天皇の伝記には不明なところが多く、晩年はどのようであったかはいまだに分かりません。そのためなのでしょうか、東北をはじめ全国各地に「長慶天皇のお墓」と呼ばれるものが20カ所以上もあるのだそうです。
しかし、この天台寺のように21世紀の今日まで、長慶天皇をお祀りする行事が行なわれている例は寡聞にして知りません。やはりこの点においても天台寺はユニークなお寺なのです。
さて、この行列が終わるといよいよ寂聴さんの法話です。

どんどんどんどん御山を登ってこられる参拝客が境内をうめつくし、その数は数千にも達して、寺の周りの林の中に立って、法話を聞く人も。すごい熱気です!
寂聴さんの真剣で、そしてユーモアを交えた法話が静かな山の中で響いていきます。

ようやくやってきた東北の春。その桜の下で、聴く法話はほんとうにありがたい。
東京からわざわざ新幹線でやってきた甲斐があったとしみじみ思います。
関連リンク:天台寺・瀬戸内寂聴師法話日程