「沖縄クラブ」で佐野眞一さんが講演をしました。

2013年7月11日

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去る6月29日(土)に、首都圏に住む沖縄出身者で構成されている「沖縄クラブ」の勉強会で、佐野眞一さんがゲストに呼ばれて講演を行いました。

そのときの模様と、5月に発売された『僕の島は戦場だった 封印された沖縄戦の記憶』について、時事通信社の高田信二編集委員がコラムに書いて下さいました。

「JIJI-WEB」という会員向けの有料サイトに連載されているコラムなのですが、高田さんと時事通信社さんに許諾をいただいたので、全文を下に転載させていただきます。

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【壺中天地】第71回 時事通信社編集委員 高田信二
「僕の島は戦場だった」


「僕の島は戦場だった 封印された沖縄戦の記憶」(集英社インターナショナル)を5月に出版したばかりのノンフィクション作家の佐野真一氏のお話がうかがえるというので、先日、都内で開催された講演会に参加した。講演会といっても、50人ぐらいの小さな集会だった。主に首都圏に住む沖縄県出身の人たちの親睦団体「沖縄クラブ」が主催する会合に、作家の佐野先生が招かれた、という感じだった。佐野氏は昨年、橋下徹大阪市長のプライバシーを過剰に暴く記事を週刊誌に掲載して問題となり、その後どうしているのか、と思っていたところ、「ライフワーク」の一つである「沖縄問題」の本を執筆していた。
 佐野氏によると、「僕の島は戦場だった」は、2008年9月に出版した「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」(集英社インターナショナル)の続編だという。「だれにも書かれたくなかった戦後史」では、政治家から芸能人まで、果ては、軍用地主の実態から血と血で争う沖縄のヤクザまで描き切った。その後、この本を読んだ沖縄の読者から「自分たちも知らなかった沖縄が書かれていた」と称賛の言葉を得た半面、「まだまだ、沖縄のことを書いたらいいさ」「沖縄戦のことも書かなきゃ駄目さ」などと触発されて、今回の本の取材を始めたという。

 ◇すさまじい歴史的証言
 しかし、沖縄戦で両親や兄弟全て亡くして孤児となった人や、集団自決で自分の母親を殺して生き残ってしまったというような壮絶な体験をした人を探すのは並大抵ではなかった。やっと探し当てることができたとしても、戦後65年以上も時がたっているというのに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんで取材に応じることができなかった人もいた。15人ほどの体験者を探すのに結局、3年もかかったという。
 この「僕の島は戦場だった」を通読すると、68年も前に起きた沖縄戦を取り上げているのに、まるで昨日の出来事のように生々しく、はっきり言って読むのが本当につらい場面が何カ所も出てくる。例えば、沖縄戦で両親と祖母、姉、3人の弟の家族7人を亡くし、当時、小学校5年生だった長峰将興さん。米兵に捕まって泡瀬(あわせ)の収容所に入れた時、「そこは海が近かったので、海に浮いていた肉を拾って食べたですよ。人の肉かもしれないと思ったけど、ひもじかったからですね」と証言している。
 当時8歳だったうるま市の神谷洋子さんは、米軍の艦砲射撃を受けて、母親を亡くした。その前に、近所の壕(ごう)に入ったら、持っていた食べ物を日本兵に奪われ、強制的に出されていた。母親を亡くして、泣いていると、「敵に気づかれてみんなが危うくなるから、あっちへ行け」と石を投げられたという。一人ぼっちで夜、さまよい歩き、喉が渇き、川を探していると、遺体があった。「その物言わぬ死体を押しのけて水を飲んだ。生臭かった。水だと思っていたのは人間の血だった。よく見ると蛆(うじ)もわいていた。でも、それで少し元気になった」というすさまじい描写もある。

 ◇戦争は不幸な人間を生む
 佐野氏は講演で、本書にも出てくる「コザヨシ子」さんの話もした。戦争孤児としてコザの孤児院に入れられたが、自分の本当の名前も知らず、孤児院の先生だった津波古ヒサさんから名付けられた人だ。津波古さんは「ひめゆり部隊」の生き残りで、当時17歳。戦後、60数年ぶりに、津波古さんとヨシ子さんは再会し、津波古さんはヨシ子さんにネックレスのプレゼントをするが、ヨシ子さんは浮かない顔しかできない。なぜなら、孤児院から引き取られた農家の養父母から馬車馬のようにこき使われ、学校すら行かせてもらえず、結局、読み書きができなかったからだ。ヨシ子さんは、お礼状を書くどころか、自分の住所さえ言えなかったという。佐野氏も「戦争はこれほど不幸な人間を生み出すのです」と言葉を詰まらせていた。
 まだまだ書き足りないことばかりだが、最後に佐野氏の話で締めくくる。「アベノミクスで株が上がったと世間では一喜一憂しているが、沖縄基地へのオスプレイ配備といい、尖閣問題といい、歴史の歯車が狂い始めていると思う。つい、68年前に、日本で唯一の地上戦と言われた沖縄戦があったという現実を多くの人に知ってもらいたいという思いで書きました」-。私も、ぜひ、多くの人にこの本を読んでもらいたいと思っている。
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コメント / トラックバック1件

  1. 京洛退屈男 より:

    素晴らしいきじですね。感動しました。

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